思考してみる
2012/12/06
何故か知らんが「頑張る」ってことを考えてみた。
[動ラ五(四)]《「が(我)には(張)る」の音変化、また「眼張る」
の意からとも。「頑張る」は当て字》
1 困難にめげないで我慢してやり抜く。「一致団結して―・る」
2 自分の考え・意志をどこまでも通そうとする。我(が)を張る。
「―・って自説を譲らない」
3 ある場所を占めて動かないでいる。「入り口に警備員が―・
っているので入れない」
結局は、どこかで「無理」をしている。
「我慢」している。
ってことなんだろうな。
頑張って成果が出れば、「次も頑張ろう!」ってことにも
繋がるのでしょうが、「無理してまでも」って考えると
精神面、身体面で、とても負担をかけているように思えて
仕方がありません。
とてもバカバカしいことを書いているのかもしれませんが、
なーんか違和感が最近ありすぎて。
面倒くさいとかそんなレベルじゃないんです。
これ以上「何を頑張るのさ?」っていう己がたまーに出て
くるんです。
「頑張る」「努力する」ってことは当たり前のことであって
あくまでも「生きて行く上での当然の行為」として捉えた
方が気分的にも楽なのではないかと。
頑張るってことも何でもかんでもって訳にはいきませんから。
何かに集中しないと、勿体ないように思えます。
子供達の運動会などで必ず「頑張れ!頑張れ!」って掛け声
かけますよね?(私はそう)
でもね、子供達は子供達なりに一生懸命なんですね。
そこに対して「もっと頑張れ!」って負担じゃねーのか?
って考えてしまうんです。
私の精神・・・壊れてますかね(笑)
単純に考えれば「応援」なのかと。
応援は、「見守る」ってことも入ってくるように思えます。
見守るって考えれば、自分的にはすーっと腹に落ちますので
そう考えるようにしてみようと思います。
社員のみんなを鼓舞するために「頑張れ!」って掛け声も
大事でしょ。
で、その掛け声で元気が出る場合もありますから。
人間として生まれてきて(日本人として)「頑張れ!」という
言葉は、もしかするととても心地よいものなのかもしれ
ませんね。
って結論になってますかね?
なってなくもいいんですけどね。
完全に独り言になってますが、ご容赦を(笑)。